裁判官の方々へ
日本の裁判官の皆様へ、お話したいと思います。
「人を裁くことができるのは、至高のお方しかいらっしゃいません」
これは、真実です。
しかし、私は日本の裁判制度そのものを否定しているわけではありません。
恐らくは、22世紀になっても、23世紀になっても、
日本には、裁判制度が必要だと思います。
私が、言いたいのはそんなことではありません。
私が言いたいのは、もっと別のことです。
私は、裁判官の皆様に質問をしたいと思います。
「あなたは、神(至高のお方)を信じていますか?」
神様を信じていらっしゃる裁判官の方もいらっしゃるとは思いますが、
神様を信じていらっしゃらない裁判官の方が、人数的には多いと思います。
神様(至高のお方)は、全知全能のお方です。
神様は、わからないことなど1つもありません。
神様は、知らないことなど1つもありません。
神様は、どんなことでもよくご存知なのです。
それに対して、人間はどうでしょうか?
人間は、もちろん全知全能ではありません。
人間は、わからないことだらけです。
人間は、知らないことだらけです。
人間は、わかっていることよりも、わからないことの方が数が多いです。
人間は、知っていることよりも、知らないことの方が数が多いです。
人間の能力なんて、たかが知れています。
それなのに、人を裁くという重大な役目を担っているにも関わらず、
どうして裁判官の方々は、神を信じようとはしないのですか?
例えば、毒キノコと食べられるキノコがあります。
大昔の人は、どうやって毒キノコと食べられるキノコを見分けていたのでしょうか?
長い時間をかけて、
何人もの犠牲を出して、
そしてその統計に基いて、
毒キノコと食べられるキノコを見分けていたのでしょうか?
違います。
大昔の人間は、そんなに愚かではありません。
それでは、どうやって見分けていたのでしょうか?
キノコの見た目や手触りやにおいなどで見分けていたのでしょうか?
これは、半分は当たりですが、半分は違います。
さて、どうやって見分けていたのでしょうか?
正解を言います。
神様に直接教えていただいていた、というのが正解です。
大昔は、現在のように科学というものが発達していませんでした。
けれども、人々は皆、神を信仰して、そして常に神に祈りを捧げて、
そして、常に神に知恵を頂きながら、生きていたのです。
大昔の人間の生活は、常に神と共にある信仰の生活を送っていたのです。
現在とは、全く違いますね。
私が、霊視を行ったところ、
十分な証拠がある事件に関しての判決はほぼ正しいですが、
証拠が不十分な事件に関する判決は、半分程度は正しいですが、
残りの半分程度は間違えた判決を出しています。
犯罪を犯した人間を無罪にしてしまうのは許されるミスですが、
犯罪を犯していない人間を有罪にしてしまうのは、許されないミスだと言えます。
私は、警告を発しているのです。
今、また新たなる冤罪を、あなた方は作り出そうとしているのですよ。
裁判官の方々も、松本サリン事件の河野義行さんから学んで頂きたいと思います。
警察は、ろくな証拠もないのに、
河野さんを疑う心(マインド)から、
河野さんを犯人に仕立てようとしたのです。
人を疑っていては、何の真実も見えてきません。
真実とは、まず人を信じることによって、見えてくるものなのです。
真実にとって、重要なことは、人を信じること。
そしてさらに、重要なことは、神を信じることなのです。
裁判官の皆様が、神を信じて、人を信じて、
そして、正しい判決を行うようになられますことを、
私は、心から願っております。
※至高のお方ー宇宙の至上神・supremeのこと。
クリシュナは、親しみと尊敬の気持ちを込めて、神様のことをこのように呼びます。
主・天の父・ヤハウェ・アッラーも同義です。
合 掌

